オーベルジュの根幹にある考え方を、1枚にしました。カフェ・レストラン・器・紙物・接客まで、これから決めることの基準になります。
文中の 出所 は、その一文がどこから来たかです。要裏取り は、まだ確かめていないものです。
いま、この計画には一流の作り手が何人も入っています。シェフが4人、器を選ぶ人、ブランドを作る会社、映像を作る会社。それぞれが良いものを持ち寄っています。
ただ、良いものを持ち寄っただけでは、良い一つにはなりません。持ち寄ったものが合流する先——一つの哲学が要ります。この紙はそれです。
ホテル川久は、世界中の一流の手仕事を一つの建物に集めた建物です。公開情報・要裏取り
1991年開業、総工費400億円、設計は永田祐三。1993年に村野藤吾賞。そして「世界の数寄屋」と呼ばれています。公開情報・要裏取り
川久に集められた素材の色。足して、見せるための色です。
数寄屋とは、茶の湯のための座敷のことです。「数寄」は「好き」と同じ語源で、風流に心を寄せることを指します。千利休が茶の湯座敷を「数寄屋」と名付けたと伝わります。辞典
建築としての特徴は、格式を外すことにあります。長押を省く。角柱ではなく丸太や面皮の柱を使う。張付け壁ではなく土壁にする。天井は自然の素材のまま。床・棚・書院の配置に、決まった型を置かない。辞典
代表とされるのが桂離宮です。自然のままの材料を使い、装飾を排して、簡素な中に高度に洗練された簡潔美を示したもの、と説明されます。辞典
待庵について、当時の宣教師が驚きとともに書き残したことがあります。茶室の中では、皆が平等だった。記事 格式を外すとは、上下を作らないということでもあります。
川久とは、まるで見た目が違います。数寄屋は様式の話ではなく、どう作るかの態度だからです。だから川久のような建物も、この言葉で読むことができます。
つまり数寄屋とは、足すことではなく、外すことです。
そしてもう一つ。昭和以降、吉田五十八・堀口捨己・村野藤吾らが、この様式を独自の美意識で現代に発展させました。辞典 川久が受けた賞の名は、その村野藤吾のものです。言葉が、思っていたより近いところで繋がっています。
川久は、施主が世界中から良いと思うものを集め、中国も欧州もイスラムも日本も型を外して一つに組みました。そして集めたものを、見せる側を選びました。金と瑠璃瓦とモザイクで、堂々と。
それは1991年という時代の選択であって、間違いではありません。むしろその選択があったから、あの建物は残りました。
当時、良いものは見に行かなければ見られませんでした。紫禁城の瓦も、ヴェネツィアのモザイクも、写真か、現地へ行くかしかない。だから世界中から集めて、一つの場所で見せることに、大きな意味がありました。私の解釈
川久は見た瞬間に分かるように作られました。私たちは、触れてはじめて分かるように作ります。
いまは、良いものの「姿」なら画面でいくらでも見られます。ただ —— 川久がそうであるように、本当に良いものは、行かなければ分かりません。あの建物も、中に立って、見上げて、包まれてはじめて分かる。写真では伝わりません。
私たちが作るのも、同じ「行かなければ分からないもの」です。違うのはスケール。建物のスケールではなく、手元のスケールで。器を持って、口にして、香って、はじめて分かる。釉の肌。紙の厚み。木の目。器の重さ。湯呑みの温度。
どちらも、来なければ分からない。違うのは分かり方のスケールです。同じ敷地に、その二つを並べて置きます。
「一流を集める」だけでは、現場は決められません。同じ予算でも、どこに手をかけるかで別のものができます。そこを揃えます。
見た目を捨てる話ではありません。見た目は大事です。どこで見せるかが違うだけです。
見分け方
| こうする | こうしない |
|---|---|
| 紙は上等なものを選ぶ | 普通の紙に、箔押しで足す |
| 器は作り手を選び抜く | 絵柄と産地で説明する |
| 制服は仕立てと素材で差をつける | ロゴを目印にする |
| 一品を出し、聞かれたら答える | 一品ごとに説明の札を付ける |
| 花は一種、一輪 | 季節の花を数種いける |
| 要らないときは音楽を消す | いつも何か鳴らしておく |
左はものそのものに手をかけています。右はまわりに足して見せています。
見て、触れて、口にして、香って、聞いて。説明を読まないと分からないものは、届いていません。
絞っていいものと、いけないもの
| 絞っていい | 絞ってはいけない |
|---|---|
| 見せるための装飾 | 素材の質 |
| 格式の記号(金・紋章・仰々しさ) | かけた手間 |
| 説明・能書き | 作り手の技量 |
| 品数 | 清潔さ・正確さ |
ここを取り違えると、絞ったつもりがただの貧しさになります。江戸ではそれを野暮と呼びました。粋の反対語です。辞典
絞っても、弱くはならない
江戸の美意識を哲学として初めて体系化した『「いき」の構造』(1930年)の著者・九鬼周造は、粋を「垢抜けして、張りのある、色っぽさ」と定義しました。辞典
「張り」があること —— 数を絞るけれど、力が抜けているわけではありません。ここが「ただ地味」との違いです。
この計画には、菓子と料理の作り手、器を選ぶ人、もてなす人、ブランドを作る会社が入っています。それぞれの持ち場で一流を集めているという点で、いまの状況は川久の造られ方とそっくりです。大竹 8/23
川久には、施主の意志という一つの哲学がありました。だから寄せ集めにならず、一つの建物になりました。私たちにとってのそれが、この紙です。
持ち寄っていただくものは、それぞれの一流のままで構いません。
高価に見えるものではなく、触れたときに質が分かるものを選ぶ。装飾のある器は使わない。ただし作り手は選び抜く。
畑さん → 柏崎さん・山本さん品数は増やさない 社長 8/13。一品ごとにどの技法とどの素材を掛け合わせたかが1行で言える状態にする。それが「届ける」の実物になります。皿の上は華やかで構いません。制限はしません。
※ 画像は案です。見せたい世界観はシェフ陣と詰めるところで、ここで決まるものではありません。
説明を減らす。書体は静かに。読ませて分からせるのではなく、見て伝わる量まで削る。紙は上等なものを。
※ 画像は案です。「印刷は1色」まではまだ決めていません。ここは制作と詰めます。
カフェの装いではなく、もてなす人の装い。金具もボタンも見せない、直線のシルエット。バンドカラーのシャツと同色のロングエプロン。仕立てと素材で差をつけ、ロゴも名札も要らない。着ている人が主役にならないこと。
※ 要検討。この案でもう一歩、洗練が要ります。社長は「バリスタで、海外の人が立っていたらいい」とお話しされていました要確認。その人がいちばん映える装いを考える、という設計課題です。
ここにも一流を集めます。技量は最高のものを揃え、見せびらかさない。聞かれたら語り、聞かれる前に説明しない。茶室で主役になるのは、手元と亭主の設えです。
バトラーチーム/現地チーム※ 上の6枚は方向を確かめるためのイメージで、実際の器・料理・制服ではありません。AIで生成しています。
| 項目 | いまの状態 | 誰に |
|---|---|---|
| 川久の歴史の数字(01の全項目) | 公開情報から取ったもの。川久側の正しい言い方に直してから外に出す | 畑さん・大美さん |
| 価格 | 中身が決まってから。白浜の比較の起点は 4,800円 外部調査・未検証 | 社長 |
| 器の方向(A〜E) | 別紙。本番は2027年3月に載せる第2波 | 畑さん → 柏崎さん・山本さん |
| 夜のカフェバー | 別口。カフェが立ってから | — |
| 10月4日間の位置づけ | ファーストゴール。完成度を測る場ではない 大竹 8/22 | — |
この紙はオーベルジュ全体の話です。ただ、現場が朝に読んで使うのは、もっと手前の言葉です。「ここは茶室だと思って物を置く」のような、その場で判断できる言葉。
次にやるのは、いちばん近い実装であるカフェに降ろすことです。そこで出てくるのが、こういう概念です。
茶室には昔から亭主と客がいます。身分は平等でも、もてなす側ともてなされる側という2軸は、昔から変わっていません。大竹 8/24
だから「平等かどうか」の話ではなく、置くもの・もてなし方の参照元として使えるのではないか、というのが芽です。
サロンというと、文化が集まるところ、社交の場という含みが入ってきます。大竹 8/24
作り上げたい雰囲気に似ている世界観を、他から言葉ごと借りてくる —— ネオ茶室と同じやり方です。中身はこれから。
ここが決まると、そこで働く人の判断基準になります。器を置く手、菓子の出し方、声のかけ方。根幹は上限を決めますが、毎日の一手を決めるのはカフェ層の言葉です。